萌えイラスト研究ブログ

自分が描いたイラストや、イラスト制作中に考えたこと、イラスト制作に役立ちそうな情報を発信するブログです。

模写9 家系ラーメン

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「萌えイラスト研究ブログ」というブログ名からはだいぶ逸れた物を描きましたが、

表現力向上のために普段描かないモチーフにも挑戦してみようということで、家系ラーメンを描きました(写真を元にした模写)。

 

色塗りに苦手意識があるので、彩度や明度を目算で調整して立体感を出すにはどうしたらいいか、どのブラシを選ぶべきか、全部描き込むわけにはいかないので、効果的にリアルに見せるにはどうすればいいかなど考えながら描きました。

 

スープの色をとっても、薄い黄色のイメージでしたけど、結構オリーブ色や緑色、かなりビビッドな黄色などがあるという発見をしました。

 

今後も色々なものにチャレンジしていきたいです。

目の研究1/模写8(Anmi先生)

うるうるした目の表現

最近勝手に私が確信したのは、萌えイラストにおいて一番大事なのは顔であり、顔の表現でもっとも重要なのは目だということです。

 

やっぱり、キャラのかわいさが一番端的に表現されるのは顔であって、

しかもその中でも、鼻や口は割と多くの絵が画一的な表現に帰着するのに対して(萌えイラストに限った話です)、目が一番バリエーション豊かでかつキャラの印象を左右するなと感じたからです。

 

ちょうど私が最近読んだ、ジャンプ漫画家・矢吹健太郎氏のインタビューでも、同じ趣旨のことが述べられていました。

 

そして、Anmi先生やTiv先生の描くような、うるうる系の目は萌えイラスト世界における流行の最先端の目だと私は考えていて、個人的に好きな表現です。

www.pixiv.net

www.pixiv.net

 

今日はAnmi先生のメイキング本を見ながら真似をしてみました(青い下線を引いているのは個人的に重要だと思ったところです)。

 

水彩系でにじませることによって、目のうるうる感を出すのがポイントだと思います。

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 ※目の白目を、不透明度50%にする。イラストレーターによっては白目をあえて塗らない人もいる(望月けい氏など)。不透明度50%にした方が、真っ白よりも肌になじんでやわらかい感じになる。

模写の進捗 

暗記模写は、まだ2枚しかしていないにもかかわらず手ごたえ感じたので、折りを見つけて今後もやっていこうと考えています。

 

ただ、9月末までに50枚模写する、という目標は見直そうと考えています。

 

というのは、必ずしも枚数にこだわる必要はないと考えたことが一つの理由です。あるお絵描き上級者のブログでは、絵の練習目標を掲げるとき「一定期間内に何枚描く」という目標を掲げるよりも、具体的に「〇〇ができるようになる」とした方がいいと主張されていました。曰く、何枚描こうが描くまいが、描けるようになるかどうかこそ重要だとのことでした。

(枚数を基準にするのもペースメーカーとして一応有効だと思うんですけどね。まぁ、残り日数的に50は厳しくもあるので…)

 

また、もう一つの理由は、冬コミの準備をせねばならないということです。まだ抽選があたっているかどうかはわからないのですが、次回のコミケが私にとって自サークルでの同人誌即売会初出展で、マンガ制作や印刷やらの様々なところで勝手がわからない上、出版物を何も用意できないとペナルティを食らうようなので、余裕をもって制作したほうがよさそうだと考えています。そのこともあり、今後はそちらに注力していこうかなと考えています。

ただひたすらに絵がうまくなりたい(=憧れの人へ近づきたい、生きた証を残したい、うまさを追求したい、他人の評価がほしい)

モヤモヤした今の気持ちを長文で書きなぐっているので読みづらいかと思いますがご容赦ください。

 

僕はなぜ、ひたすらに絵がうまくなりたいのだろうか?

第一には、憧れの人のようになりたい。自分は、本屋さんにならぶ本の表紙絵を見て感情を揺さぶられ、ワクワクする。(小説自体はあまり読まないのだが。)そういう絵を描けるイラストレーターに自分もなりたい。

第二には、自分の生きた証を残したい。死んだ後、周りの人に何年自分のことを覚えていてもらえるかわからないが、できれば風化したく無い。自分の創作物に触れた未来の誰かに死後もふと自分に思いを至らせてもらえるような、あるいは自分の生きているときに感じた思いが死後の未来の誰かにも届くような、そういう創作ができるようになりたい。

第三には、究極にかわいい女の子を描きたい。だいぶ偏っていることは承知だが、自分に素直に生きていると自然と萌えイラストばかり見ているし、描いている。これを描いている時、僕は没頭できる。1個の絵を仕上げて完成度を上げて行く過程が楽しいし、前よりかわいく描けた時も楽しい。

第四には、他人の評価を得たい。ツイッターのRTもいいねもフォロワーも、pixivのいいねもブックマークもフォロワーもたくさんほしい。

 

①僕はどうすれば憧れの人のようになれるだろうか?

(方法論)

漫画絵、アニメ絵は、学校の勉強みたいにあまり体系化されておらず、最初はどこから手を付ければいいかわからなかった。だけどこの2年間、イラストの教本をバカみたいにたくさん買ったり、ネットの情報を見たりするうちに、模写・デッサン・作品制作の繰り返しを通じて自分なりに研究するしかないと考えるに至った。

 

(懸念=覚悟と時間の有無)

僕の場合、絵を描く時間があってもなかなか絵を描き始められず、軽い自己嫌悪に陥ることがある。また、描いている最中に、どう描いていいかわからない問題にしばしばぶつかって、絵が全く先に進まなくなり、途中で投げ出してしまうこともある。

自分のこういった状態を省みるたび、うしろめたさや、本当に自分は憧れの人のようになれるのかという不安に苛まれる。

 

自分は、生ぬるいのではないか。

いや、事実として生ぬるいのだろう。 

「憧れること」と「目指すこと」は違う。

憧れは覚悟がなくてもできるが、目指すには覚悟が必要。

どうすれば覚悟があるといえるんだろうか。

退路を断つ?

 

…覚悟の有無うんぬんは精神論に近い問題なのだが、それとは別に、このままやってて「いつ」うまくなれるんだろうと思うことも多い。

今活躍しているプロの人のpixivとか見てるとだいたい5年から10年で素人レベルからプロレベルになっているようだ。 その人の好みやら価値観、思想は真似できないとしても、少なくとも絵の技術的側面に関して僕は才能という言葉であきらめるつもりはないので、上手い人がやったのと同じだけのことをすれば、自分もいずれ近づけるという自信がある。5年や10年程度だって、自分は頑張れるつもりだ。

だけど問題は、今後自分は、仕事をしながら、その人と同じだけの絵を描く時間を確保できるのだろうかということ。

もちろん時間は自分で作るものだと思う。

だけど、本業の仕事をしながらの場合と、本当に時間的余裕のある学生の場合ではかけられる時間の差は歴然だと思う。それに、プロは、生業として絵を描いているわけで一日に8時間、10時間、場合によってはもっと描いているかもしれない。仮に自分が毎日1時間描いても、上手い人が毎日10時間描いているとすれば、その上手い人が1年で到達した場所に到達するのにだって10年かかる。そんなことしてたらいくら時間があっても足りない。人間の寿命は短い。寿命の短さを呪いたくなる。

 

どうしたらいいんだろう。

 

時間でかなわないなら密度の濃い、質の高い練習をすべきだろう。

これまで描いたことのない難しいモチーフ、みんなが避けがちな表現方法に挑戦する。独学ではなく、先生に習い指導を受ける。

 

時間に関しては、ある程度仕事をしてお金がたまったら、仕事をやめて修行するというのはどうだろう。漫画家のアシスタントとか、美大予備校に行くとか。だって、退路を断って徹底的にやらねば、上手い人にかなうわけがない。中途半端にやっても、スキルは身につかない。

でも、これは現実を見られていない、ただの妄想なのかもしれない。

そもそも時間に余裕のある今、徹底的に頑張れていない自分がいる。何かを徹底的に頑張るにはそれに適した「環境」を整えることが重要で、今、絵を描く仲間や先生がいる場所に身を置けていないという環境のせいかもしれない。だけどそれを考慮しても、覚悟の足りなさを感じる。それに、自分が就く仕事を捨てて趣味をやるなんてリスク度外視すぎる。生活やいざという時のためのお金も稼がないといけないし、家族も持ちたい。

 

今後の生活の変化はわからないので、状況を踏まえて、現実的なバランスのとれた答えを模索するしかない。

 

②私は生きた証を残せるのか?

何か生きた証を残したい。

 

生きた証を残す方法の一つに「子孫を残す」という方法がある。だが、子孫を残したところで自分の遺伝子は世代交代のたびに希釈化される。それに、自分の遺伝子が残ったって自分という存在が忘れ去られれば意味がないという感じもする。そもそも子供には子供の人生があるのだから、自分のエゴのためだけに子供をつくるべきでもない。

 

子孫を残す以外の生きた証を残すアプローチには、(1)歴史に名を刻むような社会的偉業を成し遂げ、広く社会に認知される方法と、(2)特定の個人の心に深く刺さる行いをする方法があるのではないか、と僕は考えている。

 

しかしいずれにせよ、生きた証を残すのは現実的に考えて難しいのかもしれない。

まず(1)絵によって歴史に名を残す社会的偉業を達成するのは、現実的に考えて限りなく不可能に近い。そもそも萌えイラストレーターよりも芸術家になった方がいい。

ただ、これだけ人が多くて、しかも情報通信技術によって人と人とがつながりやすくなった世の中だから、ひょっとしたら、(2)誰か個人に刺さる創作ならば成し遂げられるかもしれない。自分を信じて継続して腕を磨き、発信を続けさえすれば。

 

しかし仮に(2)のアプローチが有効だとしても、人々の記憶が風化し自分の存在が薄れていくのは時間の問題である。数年で忘れ去られるなら、生きた証を残したとしても残さなかったとしても大差がない。萌えイラストの世界は絵の世界全体からみれば少数者のグループ(サブカルチャー)のはずなのに、自分より上手な萌えイラストレーターだけでもよくもこれだけ…と言いたくなるほど途方も無い数がいる。そんな中で、自分が生きている間でさえ人々の心にひっかかるのも難しいのに、まして死後も忘れられないようなユニークさを獲得するのはやはり至難と言わざるをえない。

この間見た海外の時代劇で、「お前が望むものはなんだ?1000年歴史に残る名誉か?」というセリフがあった。確かに1000年残ったら大層なものだけど、1000年名を遺したいならやっぱりピカソにでもならないとだめだろう。

 

そういえば、国立国会図書館に所蔵すれば、半永久的に自分の出版物がそこに保存されるらしい。そこに所蔵されれば、もしかしたら、100年後、200年後、日本の萌え文化を研究する研究者の目に留まって自分の絵が見られたりする可能性が残るのでは・・・とか妄想してしまい、それにはちょっと興味がある(本の表紙を描きたいという思いにもつながっている)。

 

まぁ、あれこれ考えたが、生きた証を残せた人たちは、生きた証を残そうとして残したというより、懸命に生きた結果その痕跡が残ったというのが実情だろうから、とりあえず生きた証を残すことに固執するのはやめておこうと思う。

 

③自分にとってうまい絵ってなんだろう?

自分にとってのうまい絵とは、第一線で活躍するアニメーターや漫画家、イラストレーターなど、いわゆる神絵師の描くかわいい絵。

 

具体的にいえば、キャラの肌のツヤ(艶)や柔らかさ、髪の毛のやわらかさ、服の質感やフェミニンな衣装など、かわいさを構成する要素が全体的に調和して表現されている絵、リアリズムとデフォルメの両立に成功している絵、美少女のフェティシズムとエロティシズムが表現された絵。

あと、背景や光と影の様子を描き込んで、世界観を表現している絵画のようなイラストにも憧れる。かわいい女の子の絵を追求するといっても、キャラを1人ただぽつんと描くだけでは情報量があまりに少なく表現の幅が狭すぎるので、そのかわいさを際立たせる舞台装置としての背景、あるいは絵の世界に没入させるための背景を表現できる力がほしい。

 

ところで、ただうまいだけの絵に価値があるのだろうかという自分の中の問いもある。

ただうまいだけの絵を描くやつはごまんといる。

リアルに忠実な絵なら写真でいい。

今のご時世、AIでもイラストを生み出せるから、量産型の萌え絵ならAIでいい。

 

pixivでも、ただキャラを描いた1枚絵よりも、複数の人物の関係性を描いたイラストや情景を描いたイラスト、マンガの方が受けること、そして人体デッサンの狂いがあるかどうかよりも、絵の内容に共感できるかどうかの方が重要だということも気づいてきた。(そんな角度で首曲がんないよ、とか、そんなところに口ないよとかいう絵でも受けてたりする。僕の絵でもあるけど)

そういう絵に込められたバックグラウンドとしての思想性、信念、メッセージ性、こだわりのようなものがあって初めて絵の価値が生まれる。

 

そういう思想性なり信念なりのようなものって自分にあるのだろうか?

それはわからない。メッセージ性が全くない、というわけではないと思うが、まだまだ希薄かもしれない。なぜなら、自分は二次創作ばかり描いていて、一次創作で作りたいと思うものは現状あまりないから。

 ただ、好きなものはかわいい女の子の絵ということではっきりしているので、それを突き詰めていくほかない。それだけが現状唯一といってもいい燃料。それに、それを続ける過程で色々マンネリズムに直面して、別の何かを描きたいという思いが芽生えていくものなのではないか(芽生えてほしい)と考えている。

 それに、本の表紙絵を描くという目標からの逆算でいえば、かわいい女の子を描くならばキャラクターデザインや、老若男女など、かわいい女の子の二次創作だけを描いてりゃいいってわけではないので、そういった表現にもチャレンジするなかで別のモチーフに対する思いも広げていきたい(なかなかできていないのだが…)。

 

④僕は他人からの評価を求めて描くのか?

僕の目標は、本の表紙絵を描くことだ。

そしてその目標との関係において、SNSなどの評価は、たとえば評価が沢山ついて世間からの注目が集まってその結果出版社の編集者の目に留まるといったかたちで目標達成のための「手段」となることがあるかもしれないが、評価を得ることそれ自体が「目的」となることはないはずだ。

 

それにもかかわらず、自分のアップした絵があまりにも評価をもらえないと、なんでこんなに頑張ってるのに僕の絵は評価されないんだ…と悩んでしまう。何十時間もかけて、肩が痛くなっても同じ姿勢を一日中とって描いてるのに…。

 

他人からの絵の評価を気にするとき、僕は異性へ片思いをしているときのような気分の高揚と落ち込みを味わう。

SNSに評価が来たかどうかを確認するのが怖くて電子機器の電源を全て切ったり、あるいはその反対で、猿みたいに仕切りにSNSのページ更新をする様は、あたかも好きな異性からのラインを待っているときに似ている。それでたまたま評価がもらえていたら、好きな異性の方から連絡があった時のように小躍りする。評価が乏しかったときに見舞われる思いは、さんざんその好きな異性のことを考え続けていろんな努力をしたのに少しもその人に振り向いてもらえなかった時のような無力感、徒労感、絶望感に似ている。

それらの自分の行いが客観的に見て愚かだとわかっていながら、やめることができない。

 

やっぱり、他人からの評価を気にするのが愚かだとしても、僕は他人からの評価は欲しい。それが虚栄心や承認欲求に基づくものだとしても、欲しいものは欲しい。

 

だけど、もし評価が得られなくてもそれで悩むのはお門違いなのだろう。

 

なぜなら、

好きな異性のためにする努力は、結局は自分のための努力であるのと同じで、

好きな絵を描くためにした努力も、やはり自分のための努力であり、

言ってみれば、すべては自己満足だから。

それなら振り向いてもらえなくて、当たり前なのだ。

もし振り向いてもらえたならば、ありがたき幸運。

そもそも、僕のやってるのは二次創作・ファンアート。それは、自分の好きな作品を自分が好きなように改変したり脚色をして自分が楽しんでいるのだから、自己満足の極致だ。

 

さらにもう一つ自分にとって痛い指摘をいうと、二次創作の場合、その評価は純粋に自分に向けられたものではない。評価数は元となったコンテンツの人気度に大きく依存する。言い換えれば、自分の行い以外の部分で評価が左右されているということだから、二次創作での評価が高くて勝ち誇ったり、評価が少なくて落ち込んだりするのは、やっぱりおかしい。

 

それならば、他人からの評価以前に、徹底して自分が満足するかどうかを合否の基準にすべきだ。

自分にとっての自分が満足した状態とは、その絵を描く前に持っていた目標を達せられること。それは、例えば、「主観的に、前よりかわいくかくことができた」とか、「課題だと感じていたことに挑戦し、一応の達成を見た」とかいうことであって、「いいねが100ついた」などではない。

自分が満足できれば合格としよう。もし自分さえ満足させられないのなら、まだ他人を満足させられる段階ではないのかもしれない。今度はもっと自分が満足できるものを描こう。自分を満足させられた絵が、他人に評価されることがあれば、それは幸運なことだと思おう。

自己満足は悪いことではない。著名なアニメーターの言葉で、「上手い人はみな自己満足のために描いてきた」という言葉があったし、僕もそれに共感する。

 

だけど理屈では割り切れないモヤモヤがやはり残る。

やはり、うまくなるしかない。

 

 

月ノ美兎と金剛いろは(完成)

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一昨日から描いている絵を一応完成させました。

 

なかなか色塗りが納得いく出来にならないです。

 

それと、月ノ美兎のスーパーマンみたいな角度からみた髪の毛の見え方がぜんぜんわからず苦労しました。

 

月ノ美兎と金剛いろは(ラフ)

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先日、バーチャルライバー(生配信者)月ノ美兎さんのネットラジオ第5回が配信され、今日はその1シーンを描いていました。

 

月ノ美兎は「清楚な女子高生の委員長」という設定なのですが、清楚なのは見た目だけで、「なんでそんな普通の人は知らないことまで知ってるの」といいたくなるような知識や体験を披露して驚きを毎回提供してくれる、私の今一番好きなコンテンツです。

 

紹介動画を貼っておきます。

www.youtube.com

冬コミのサークルカットを描く

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今日は冬コミサークルカットを描きました。

以前に描いたブラックマジシャンガールの絵をちょくちょく加筆修正して、グレースケールにしました。

 

なんだか、申込の方法やサークルカットの仕様がややこしくて、色々調べるのに時間がかかりました。

コミケの申込方法について相談できる知人がほぼいないというのが寂しいところ…同人活動をする知人が欲しいです。

 

そしてもう一つの問題が、サークル名が未定であることです。

締め切りも迫ってるので、思い切って明日くらいに決めたいです(被らないだろうしもうこのまま出すかも)。