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永山事件、光市母子殺害事件

下に引用した判決は、永山事件と光市母子殺害事件の判決です。

 

永山事件は、犯行当時19歳であった少年による連続射殺事件です。差戻し後の上告審で死刑が確定しました。

この判決では、死刑の基準(いわゆる「永山基準」)が示され、後の裁判例でも引用されるようになったことで有名です。基準の中では「殺害された被害者の数」が挙げられていることから、裁判所はこの部分を過度に重視しているのではないか、被害者が1人の事件だからといって死刑を回避するのはおかしいのではないか、との批判があるところです。

 

永山事件のほか、未成年の殺人犯が死刑となった事件に光市母子殺害事件があります。

この事件は、犯行当時18歳の少年がアパートに侵入し23歳の母親を殺害、その後幼児の前で母の亡骸を屍姦し、泣き続ける幼児を床に叩きつけた上、紐で首を縛って殺害したという凄惨な事件です。

永山基準は、諸要素を総合考慮する基準によっていましたが、光市母子殺害事件判決は「特に酌量すべき事情がない限り,死刑の選択をする」し、原則死刑、例外死刑回避という判断枠組みを示しました。

 

これらの判決文を実際に読んだことはありませんでした。法律家なら知ってて当然の判決だと思われるので、法律家を目指す以上は、自分から関心を持って読む姿勢がないといけないですね。

 

下に判決文を一部色をつけて引用いたします。

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永山事件(最二小判昭和58年7月8日刑集37巻6号609頁)

 

一 本件は、犯行時一九歳余の少年であつた被告人が米軍基地内でけん銃を窃取し、これを使用して、東京及び京都では勤務中の警備員を射殺し、函館及び名古屋ではタクシー強盗を働いてタクシー運転手を射殺し、何ら落度のない四人の社会人の生命をわずか一か月足らずの間に次々と奪ったうえ、再び立ち戻った東京では学校内に侵入して金品を物色中警備員に発見され逮捕を免れるため右警備員を狙撃したが命中せず殺人の目的を遂げなかったという事案であって、第一審判決は、犯行の動機に同情すべき点がないこと、けん銃に実包を装填して携帯しており、計画性が認められること、犯行を多数回重ねており、個々の犯行の態様も、被害者の頭部、顔面等を至近距離から数回狙撃するもので残虐であること、働き盛りの四人の社会人の生命を奪った点で結果が極めて重大であること、各被害者の遺族らは精神的にも経済的にも深刻な打撃を受けたこと、本件は「連続射殺魔」事件として報道されて一般人を深刻な不安に陥れ社会的影響が極めて大きかったこと等の諸事情を考慮すると、本件は犯罪史上稀に見る兇悪事件と呼んでも過言ではなく、右の諸事情に被告人に何ら改悛の情の認められない状況を総合すれば、被告人の生育環境、生育歴等に同情すべき点があること、被告人が犯行当時少年であったこと等被告人に有利な一切の事情を参酌しても、なお死刑の選択はやむをえない旨判示して被告人を死刑に処した。


二 これに対し、原判決は、犯行の結果の重大性、遺族らの被害感情の深刻さ、社会的影響の大きさ、被告人の第一審公判における行動の異常さ等の不利な情状を総合考慮すれば、第一審判決の量刑は首肯できないではないとしながらも、死刑制度の運用を慎重に行うべきことを説いて、「ある被告事件につき死刑を選択する場合があるとすれば、その事件については如何なる裁判所がその衝にあっても死刑を選択したであろう程度の情状がある場合に限定せらるべきものと考える。立法論として、死刑の宣告には裁判官全員一致の意見によるべきものとすべき意見があるけれども、その精神は現行法の運用にあたっても考慮に価するものと考えるのである。」との見解を判示し、これを基礎として、前記の情状に被告人にとつて有利な情状を併せて考慮すると、被告人に対し死刑を維持することは酷に過ぎるとして第一審判決を破棄したうえ、被告人を無期懲役に処した。原判決の指摘する被告人にとって有利な情状とは、第一に、本件犯行は一過性の犯行であり、被告人は犯行当時一九歳の少年であって、恵まれない生育環境、生育歴のため、その精神的な成熟度は実質的に一八歳未満の少年と同視しうる状況にあるから、少年法五一条の精神を及ぼすべきであるし、また、本件犯行の原因の一端は、社会の福祉政策の貧困に帰せられるべきであるというのであり、第二に、被告人は第一審判決後の昭和五五年一二月一二日Aと婚姻し、人生の伴侶を得て環境及び心境に変化が現れ、原審公判においては、第一審公判におけるような粗暴な言動を慎んでいるというのであり、第三に、被告人は犯行後獄中で綴った手記を出版し、その印税から京都事件の遺族に合計二五二万四四〇〇円を、函館事件の遺族に合計四六三万一六〇〇円をそれぞれ贈って慰藉の意を示し、被告人の妻Aは被告人の意を受けて京都、函館、名古屋各事件の遺族らを訪れて弔意を表したというのである。

 

三 死刑はいわゆる残虐な刑罰にあたるものではなく、死刑を定めた刑法の規定が憲法に違反しないことは当裁判所大法廷の判例(昭和二二年(れ)第一一九号同二三年三月一二日判決・刑集二巻三号一九一頁)とするところであるが、死刑が人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり、誠にやむをえない場合における窮極の刑罰であることにかんがみると、その適用が慎重に行われなければならないことは原判決の判示するとおりである。そして、裁判所が死刑を選択できる場合として原判決が判示した前記見解の趣旨は、死刑を選択するにつきほとんど異論の余地がない程度に極めて情状が悪い場合をいうものとして理解することができないものではない。結局、死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない
 これを本件についてみるのに、記録によれば、本件犯行は、わずか一か月足らずの期間のうちに、東京、京都、函館、名古屋の各地で何ら落度のない社会人を四人までもけん銃で射殺し、かけがえのない生命を次々に奪って、その遺族らを悲嘆の淵におとしいれたうえ、その約半年後に更に東京で警備員を狙撃し、全国的にも「連続射殺魔」事件として大きな社会不安を招いた事件であって、犯行の罪質、結果、社会的影響は極めて重大である。犯行を重ねた動機も、あるいは先の犯行の発覚を恐れ、あるいは金品強取を企てたためであって、極めて安易に犯行に出ており、特に京都事件の犯行後は自首を勧める実兄の言葉に耳をかさず、函館に渡って更に重大な犯行を実行するに至つたもので、同情すべき点がない。殺害の手段方法についていえば、兇器として米軍基地から窃取して来たけん銃を使用し、被害者の頭部、顔面等を至近距離から数回にわたって狙撃しており、極めて残虐というほかなく、特に名古屋事件の被害者Bに対しては、「待って、待って」と命乞いするのをきき入れず殺害したもので執拗かつ冷酷極まりない。遺族らの被害感情の深刻さもとりわけ深いものがあり、右Bの両親は、被告人からの被害弁償を受け取らないのが息子に対するせめてもの供養であると述べてその悲痛な心情を吐露し、また、東京事件の被害者Cの母も被告人からの被害弁償を固く拒み、どのような理由があってもなお被告人を許す気持はないとまで述べており、遺族らの心情は痛ましいの一語に尽きる。以上のような点は被告人にとっては極めて不利な情状というべきである。
 これに対し、被告人にとって有利な情状としては、原判決も指摘するとおり、被告人が犯行時少年であつたこと、その家庭環境が極めて不遇で生育歴に同情すべき点が多々あること、被告人が第一審判決後結婚して伴侶を得たこと、遺族の一部に被害弁償をしたことなどの事情が考慮されるべきであろう。確かに、被告人が幼少時から母の手一つで兄弟多数と共に赤貧洗うがごとき窮乏状態の下で育てられ、肉親の愛情に飢えながら成長したことは誠に同情すべきであって、このような環境的負因が被告人の精神の健全な成長を阻害した面があることは推認できないではない。原判決が本件犯行を精神的に未熟な実質的には一八歳未満相当の少年の犯した一過性の犯行とみて少年法五一条の精神を及ぼすべきであると判示しているのは、右の環境的負因による影響を重視したためであろう。しかしながら、被告人同様の環境的負因を負う他の兄弟らが必ずしも被告人のような軌跡をたどることなく立派に成人していることを考え併せると、環境的負因を特に重視することには疑問があるし、そもそも、被告人は犯行時少年であったとはいえ、一九歳三か月ないし一九歳九か月の年長少年であり、前記の犯行の動機、態様から窺われる犯罪性の根深さに照らしても、被告人を一八歳未満の少年と同視することは特段の事情のない限り困難であるように思われる。そうすると、本件犯行が一過性のものであること、被告人の精神的成熟度が一八歳未満の少年と同視しうることなどの証拠上明らかではない事実を前提として本件に少年法五一条の精神を及ぼすべきであるとする原判断は首肯し難いものであると言わなければならないし、国家、社会の福祉政策を直接本件犯行に関連づけることも妥当とは思われない。被告人は、本件犯行の原因として責められるべきは被告人自身ではなく、被告人の親兄弟、社会、国家等の被告人の周囲の者であるとして、自己の責任を外的要因に転嫁する態度を公判廷でも獄中の手記でも一貫して維持しているが、被告人の右のような態度には問題があるし、被告人が結婚したことや被害弁償をしたことを過大に評価することも当を得ないものである。
 以上の事情を総合すると、本件記録に顕れた証拠関係の下においては、被告人の罪責は誠に重大であって、原判決が被告人に有利な事情として指摘する点を考慮に入れても、いまだ被告人を死刑に処するのが重きに失するとした原判断に十分な理由があるとは認められない。
 そうすると、第一審の死刑判決を破棄して被告人を無期懲役に処した原判決は、量刑の前提となる事実の個別的な認定及びその総合的な評価を誤り、甚だしく刑の量定を誤ったものであって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認めざるをえない。

 

 

光市母子殺害事件(最三小判平成18年6月20日集刑289号383頁)

  2 当裁判所の判断
(1)死刑は,究極のしゅん厳な刑であり,慎重に適用すべきものであることは疑いがない。しかし,当審判例最高裁昭和56年(あ)第1505号同58年7月8日第二小法廷判決・刑集37巻6号609頁)が示すように,死刑制度を存置する現行法制の下では,犯行の罪質,動機,態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性,結果の重大性殊に殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には,死刑の選択をするほかないものといわなければならない。
 これを本件についてみると,被告人は,強姦によってでも性行為をしたいと考え,布テープやひもなどを用意した上,日中若い主婦が留守を守るアパートの居室を物色して被害者方に至り,排水検査の作業員を装って室内に上がり込み,被害者のすきを見て背後から抱き付き,被害者が驚いて悲鳴を上げ,手足をばたつかせるなど激しく抵抗するのに対して,被害者を姦淫するため殺害しようと決意し,その頸部を両手で強く絞め付けて殺害し,万一のそ生に備えて両手首を布テープで緊縛したり,同テープで鼻口部をふさぐなどした上,臆することなく姦淫を遂げた。さらに,被告人は,この間,被害児が被害者にすがりつくようにして激しく泣き続けていたことを意にも介しなかったばかりか,上記犯行後,泣き声から犯行が発覚することを恐れ,殺意をもって,被害児を持ち上げて床にたたき付けるなどした上,なおも泣きながら母親の遺体にはい寄ろうとする被害児の首に所携のひもを巻いて絞め付け,被害児をも殺害したものである。強姦を遂げるため被害者を殺害して姦淫し,更にいたいけな幼児までも殺害した各犯行の罪質は甚だ悪質であり,2名の尊い命を奪った結果も極めて重大である。各犯行の動機及び経緯に酌むべき点はみじんもなく,強姦及び殺人の強固な犯意の下に,何ら落ち度のない被害者らの生命と尊厳を相次いで踏みにじった犯行は,冷酷,残虐にして非人間的な所業であるといわざるを得ない。さらに,被告人は,被害者らを殺害した後,被害児の死体を押し入れの天袋に投げ入れ,被害者の死体を押し入れに隠すなどして犯行の発覚を遅らせようとし,被害者の財布を窃取しているなど,犯行後の情状も良くない。遺族の被害感情はしゅん烈を極め,これに対し,慰謝の措置は全く講じられていない。白昼,ごく普通の家庭の母子が自らには何の責められるべき点もないのに自宅で惨殺された事件として社会に大きな衝撃を与えた点も軽視できない。
 以上の諸点を総合すると,被告人の罪責は誠に重大であって,特に酌量すべき事情がない限り,死刑の選択をするほかないものといわざるを得ない。
(2)そこで,特に酌量すべき事情の有無について検討するに,原判決及びその是認する第1審判決が酌量すべき事情として掲げる事情のうち,被害者らの殺害について計画性がないという点については,確かに,被告人は,強姦については相応の計画を巡らせていたものの,事前に被害者らを殺害することまでは予定しておらず,被害者から激しい抵抗に遭い,また,被害児が激しく泣き叫ぶという事態に対応して殺意を形成したものにとどまることを否定できず,当初から被害者らを殺害することをも計画していた場合と対比すれば,その非難の程度には差異がある。しかしながら,被告人は,強姦という凶悪事犯を計画し,その実行に際し,反抗抑圧の手段ないし犯行発覚防止のために被害者らの殺害を決意して次々と実行し,それぞれ所期の目的も達しているのであり,各殺害が偶発的なものといえないことはもとより,冷徹にこれを利用したものであることが明らかである。してみると,本件において殺害についての計画性がないことは,死刑回避を相当とするような特に有利に酌むべき事情と評価するには足りないものというべきである。
 また,原判決及び第1審判決は,被告人が,それなりに反省の情を芽生えさせていると見られることに加え,犯行当時18歳と30日の少年であったこと,犯罪的傾向も顕著であるとはいえないこと,その生育環境において同情すべきものがあり,被告人の性格,行動傾向を形成するについて影響した面が否定できないこと,少年審判手続における社会的調査の結果においても,矯正教育による可塑性が否定されていないこと,そして,これらによれば矯正教育による改善更生の可能性があることなどを指摘し,死刑を回避すべき事情としている。しかしながら,記録によれば,被告人は,捜査のごく初期を除き,基本的に犯罪事実を認めているものの,少年審判段階を含む原判決までの言動,態度等を見る限り,本件の罪の深刻さと向き合って内省を深め得ていると認めることは困難であり,被告人の反省の程度は,原判決も不十分であると評しているところである。被告人の生育環境についても,実母が被告人の中学時代に自殺したり,その後実父が年若い外国人女性と再婚して本件の約3か月前には異母弟が生まれるなど,不遇ないし不安定な面があったことは否定することができないが,高校教育も受けることができ,特に劣悪であったとまでは認めることができない。さらに,被告人には,本件以前に前科や見るべき非行歴は認められないが,いともたやすく見ず知らずの主婦をねらった強姦を計画した上,その実行の過程において,格別ちゅうちょした様子もなく被害者らを相次いで殺害し,そのような凶悪な犯行を遂げながら,被害者の財布を窃取した上,各死体を押し入れに隠すなどの犯跡隠ぺい工作をした上で逃走し,さらには,窃取した財布内にあった地域振興券を友人に見せびらかしたり,これでカードゲーム用のカードを購入するなどしていることに徴すれば,その犯罪的傾向には軽視することができないものがあるといわなければならない。
 そうすると,結局のところ,本件において,しん酌するに値する事情といえるのは,被告人が犯行当時18歳になって間もない少年であり,その可塑性から,改善更生の可能性が否定されていないということに帰着するものと思われる。そして,少年法51条(平成12年法律第142号による改正前のもの)は,犯行時18歳未満の少年の行為については死刑を科さないものとしており,その趣旨に徴すれば,被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことは,死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の考慮を払うべき事情ではあるが,死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえず,本件犯行の罪質,動機,態様,結果の重大性及び遺族の被害感情等と対比・総合して判断する上で考慮すべき一事情にとどまるというべきである。
 以上によれば,原判決及びその是認する第1審判決が酌量すべき事情として述べるところは,これを個々的にみても,また,これらを総合してみても,いまだ被告人につき死刑を選択しない事由として十分な理由に当たると認めることはできないのであり,原判決が判示する理由だけでは,その量刑判断を維持することは困難であるといわざるを得ない。
(3)そうすると,原判決は,量刑に当たって考慮すべき事実の評価を誤った結果,死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の存否について審理を尽くすことなく,被告人を無期懲役に処した第1審判決の量刑を是認したものであって,その刑の量定は甚だしく不当であり,これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。